久しぶりに本を読んだ
森見登美彦さんの太陽の塔。ファンタジー系の作品で自分が泣くとは思わなかった。主人公の1番近い友人の最後の方のひと言。今までの話がこのひと言に凝縮されていると思った。変わった男だが、こんな人と付き合えたら面白いだろうなと。うらやましく思った。
男女言うつもりはないが、やはり男の方が友情が熱い気がする。女は間にトレーシングペーパーを挟んでいるような、かすかに見えない、掴めない何かがある。それを壊すと皆引いていく。繊細な振りして常に逃げ場を持っているのだ。かと言って男と友情を育めるかと言うと無理だ。男は繊細だ。
私は女で男を好きになるが、女という自分をあまり好きではないかもしれない。私は繊細とよく言われる。女の絵を描かないのは女をあまり好きではないからかもしれない。あいまいにするのは断言できないからだ。ただ昔からあるのは、子どもは2人産みたいと思っていたが、赤ちゃんのオムツは変えられないだろうということと、お腹が大きくなるのが嫌だということだ。小学2年のかすかな悩みは、赤ちゃんのオムツ変えたくないだった。今はお腹で別の人間が育つのが気持ち悪いだ。しかし、私は女なのである。24のとき、知人が疑問をスパッと解決した。当時女にも男にもなりたくないと思っており、それについて知人は子どもを産まなければいいと言った。帰り道の空がすばらしく美しかった。
今人魚の絵を描いているのは、YouTubeに作曲した人魚の歌をアップするためだ。見た目は完全に女だ。でも描いていて嫌じゃないのは、人間ではないからかもしれない。
変なことをつらつら書いてしまった。そう言えば、赤ちゃんのオムツを変えたくないについてまだ誰も解決してくれていない。私はいつの間にこんなにひねくれたのだろう。だから、少し変わった人を見ると嬉しくなる。あ、この人も自分がある、という風に。
自分が変だと思う人々よ、私も変だから心配いらない。興味のある人はYouTube、next27artを見てみてほしい。ひねくれと少しの笑いと癒しを込めて楽しく作っている。人魚の歌もお楽しみに。
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